激動!世紀の大事件Ⅲ~未解決事件の「謎」と目撃者の「新証言」~『1938「八つ墓村」津山30人殺し 極秘捜査資料が明かす真相』

2015/12/12(土)<激動!世紀の大事件Ⅲ~未解決事件の「謎」と目撃者の「新証言」~>
        『1938「八つ墓村」津山30人殺し 極秘捜査資料が明かす真相』

【世紀の大事件】 http://www.fujitv.co.jp/b_hp/news50/

www.fujitv.co.jp


*敬称略しています。 また長文ゆえ誤字脱字が多いです。ご了承ください。


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┏┓報道スクープSP 激動!世紀の大事件Ⅲ
┃ ~未解決事件の「謎」と目撃者の「新証言」~
┃  <1938『八つ墓村』津山30人殺し 極秘捜査資料が明かす真相>
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           それは“異様な出で立ち”だった。

           黒の詰め襟に身を包んだ殺人犯は、

        腰に日本刀を帯び、猟銃を手にしていたという。

            そして頭には二つの懐中電灯


     推理作家・横溝正史はこの事件をヒントに『八つ墓村』を書いた。

       一夜の内に30人を殺害し、2人に重傷を負わせた男。

        空前の猟奇事件は『津山30人殺し』と呼ばれた。

 

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  1938年5月21日
┣■“狂気”『津山30人殺害事件』 目撃者が語る「衝撃の現場」

  津山事件 - Wikipedia

  1938年5月22日付
 【朝日新聞

  三十二名を殺傷す
  失恋・病苦に狂ふ農村青年
  岡山県下の鬼熊自殺

  「【津山電話】
   21日午前1時40分頃岡山県都井睦雄(22)は部落への送電線を切り
   頭にナショナルランプをくくりつけ猪狩用口径十二番十連発の猟銃と日本刀を
   携へ先づ自分の母-の首を斧で刎ね、即死せしめた上隣家のー宅へ闖入、
   ていに・・・ (中略)更に二名に重傷を負はせ中国山脈内に遷入午前十時半頃
   同村-付近の山林中で猟銃を以て自殺をした。(後略)。」


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 ◆過去に例の見ない犯罪が行われたのは80年近く前のこと


 ・事件はなぜ起きたのか?

  意外な場所でその全容を知ることができた。


  米カリフォルニア州
 【スタンフォード大学】Stanford University
  図書館 Auxiliary Library

  終戦直後、占領国統治のために「犯罪」や「革命」に関する史料が集められた。
  その中にもはや日本では散逸してしまった捜査資料が含まれていた。


  『 取扱注意 №2
     極秘
         津山事件報告書
         (岡山県-に於ける三十三人殺傷事件)
                             司法省刑事局 』


  『津山事件報告書』は当時の司法省が作成した極秘資料だった。


 ・21歳の犯人・都井睦雄の顔写真を始め、凶行に及んだ背景や用いた武器なども
  詳らかにされている。

  現場は岡山県津山市の北部に位置する小さな集落。
  ※地図からは犯人宅はちょうど集落の真ん中に在り、残り22軒。
   その内の11軒を襲っている。

  被害者は全て犯人と顔見知りだった。 ※殺害された現場写真が収録されている
                     屋外で背後から撃たれた遺体もあり、
  家族全員の命を奪われた家もあった。  まさに『八つ墓村』の惨劇が伺い知れる。

www.youtube.com


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  犯罪事件報告書

   昭和十三年五月二十四日
                     岡山地方裁判所検事正 -


   頭脳明晰ニシテ-

   将来ヲ嘱望サレ-

   青年の凶暴凄惨極りなき犯行である。

   我國のみならず海外に於いても類-

   孤立無援ノ生活ヲ-


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 【岡山県津山市
  事件が起きた集落には、当時の記憶を物語る痕跡が今も残っている。

  ひっそりと立つ墓石の多くに「昭和十三年五月二十一日」の文字。

  事件当時5歳だった女性は、間近に暮らしていた犯人・都井睦雄を覚えていた。

  ◇82歳の女性
   事件当時、犯人・都井睦雄と同じ集落に住み、会話を交わしたこともある。

   色白のな、目の細ぇな、なんかこう女形みたいな人やったのを覚えております。

   鬼ごっこをしたり、隠れんぼをしたりして遊んだらな、「ありゃりゃ」言うて
   こうして(抱き上げて)くれて、払うてくれたのを覚えております。


 ・凶悪犯のイメージとはズレがある青年の姿

  当時19歳だった女性も、やはり好印象を抱いていた。

  ◇96歳の女性
   都井睦雄と同世代。犯人の事件までの日常を目撃。


 Q.都井睦雄は「悪魔のような男」だったと思います?

 A.
  ◇96歳の女性
   私は思わんな。ウン。 (ナゼです?)

   もうそんな、悪魔のような怖いようなことは全然ないッ!*キッパリ* ウン。

   (都井を)教えた先生が、エエ先生が、
   「もう学校教員にさせて、わしが希望しとったんじゃ」と言うて辛がりんさった。


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 ◆周囲から慕われ、将来を期待されていたという若者が一体どうして?


 ・そこには青年を追い詰めていく、いくつもの曲折があった。

  主に農業と養蚕を生業とする100人ほどの集落では、誰もが互いを知っていた。

  村人達は幼い頃から学業に秀でていた都井を頼もしく見ていたという。


 ・都井睦雄には思いを寄せる娘がいた。

  相手は幼なじみのA子。将来を誓い合っていたという。
  ※再現VTRでは神社の境内で待ち合わせをする仲睦まじい様子が描かれていた。


 <青年を殺人鬼へ変貌させていく:躓き1>

  「都井睦雄の両親は二人とも結核で逝ったらしい」

  「親もそうなら子も危ない。近づかないように言っておかないと」

  早くに両親を亡くしていた都井は心ない風評に不安を募らせていった。


 <青年を殺人鬼へ変貌させていく:躓き2>

  事件の3年前の冬(昭和10年12月31日)

  診断書の病名に「右肺尖加答児」
           はいせんカタル

  『津山事件報告書』は「結核」の発病が都井を自暴自棄にさせたと読み解いている。


 「肺結核
  当時は“不治の病”。“遺伝する病気”だと信じる人も少なくなかった。

  都井睦雄の日記にはこんな一節がある。

  「 今年もとうど五月になつた、爽やかに肌にふれる朝の空気の感触、
    新鮮な青葉の色彩、ふだんなら五月は一年中で一番好きな季節であるのに

    今日誰だつたか僕に聞こえよがしに「都井の親は両人とも肺で死んだ」と
    声高に話して行つた、ああ、やつぱり父も母もそうだったのか、部落の奴が
    僕を村八分にした理由もわかつた、僕の生命もさう長いものではない、僕は
    今日を期して百八十度の転換だ、背き、僕を苦しめた奴等に復讐する・・・   」


  絶望はやがて憎悪へと形を変えていった・・・


 <青年を殺人鬼へ変貌させていく:躓き3>

  結核の発病を知った都井睦雄。年老いた祖母との日々にも暗い影が落ちた。

  ※写真ではガッシリとした体格も、結核が発病するなど食が細くなっていった様子。
   当時を知る女性の証言からも「細身だった」というのはこのためだろうか?


 <青年を殺人鬼へ変貌させていく:躓き4>

  投げやりで荒んだいった生活に追い打ちを掛けた出来事がある・・・

  病を恐れてか、結婚を誓い合った幼なじみのA子は別の家へと嫁いで行った。

  ◇都井睦雄
   わしは、わしはどうなるんや。
   わしはどうなるんや。(怒) なんでじゃ!  ※再現VTRより


 <青年を殺人鬼へ変貌させていく:躓き5>

  口さがない(無責任な)人々は「結核の感染」を恐れ、あからさまな言葉を投げつけた

  ◇村人                ◇村人
   睦やんが来たぞ! みんな息止めぇ!  大病の一族やー。近づいたらアカンぞ!

           ◇都井睦雄
            (どうして、わしばっかり・・・ )

            「僕を村八分」同然だった。


  当時の共同体は、掟や秩序を破った者に制裁を加えた。
  葬式と火事を消す以外、一切手助けしない。

  村人達の本当の思いは分からないが、都井睦雄はその全てを悪意と捉えた。

  「 周囲の者は皆鬼の様なやつばかりで-
    あれ程深くしていた、女でさへ病気になつたと言つたらすぐ心がわりする、」


  ◇96歳の女性
   都井睦雄と同世代。犯人の事件までの日常を目撃。

   結局、あの・・・ “のけ者”じゃな。
   もうちっとな、手を伸ばして、
   こう囲ってやったらあんなこともなかったんじゃろうと思うけどな。。。


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 ◆やり場のない怒り

 ・都井睦雄は『猟銃』を手にするようになった。

  ◇都井睦雄
   アイツらぁ、今に見ちょれよ!(怒) *バゴォン!* 

                 ※山中で日々、試し撃ちに明け暮れていた模様


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  1937年昭和12年~
 【日中戦争
  集落の若者達も現地へと駆り出されて行った。

  しかし都井睦雄は「徴兵検査」にも刎ねられてしまう。

  鬱屈は益々増幅していった・・・

  「  リ購入セル-
     山林中ニ入リテ-
     生カシテハ置カヌ-
     頃ノ夜精神異常ノ-   」


  『猟銃』と共に密かに『日本刀』を集め始めたのはこの頃だった。

  「  -金ヲ出して片-
      -其ノ頃-
    -ハ「殺シテヤル」「-  」


 ・5連発の猟銃を9連発に改造。“狂気”とも言える衝動が湧き上がっていた。

 

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  1938年昭和13年5月
 ◆“理性の堤防”が決壊


 ・かつて恋した幼なじみのA子と再会した時だった。

  ◇都井睦雄              ◇幼なじみのA子
   A子 !? A子やないか!         !? 睦やん・・・
   久しぶりやないかぁ。
   戻ってきてくれたんけ?        弟が結婚するんでお祝いに来ただけや。

   わしに会いに来てくれたんやないんか?
   今夜久しぶりに二人っきりで会えんか?  ・・・ もうアンタには会いとうない。
                       ほっといて!

   ・・・ (殺してやる)。。。 *殺気*


  ◇96歳の女性
   事件を起こす直前の都井睦雄を、今もクッキリと覚えている。

   その日は、ちょうど今頃(夕方)だったかなぁ。
   私は用事があって奥から帰ってきよった。
   睦やんは自転車でこっちから・下から戻ってきて

   「帰りました」って睦やんが言うて、

   「お帰りなさい。えらい遅かったんですな」言うたら、

   「あぁ今日は何やらしよったら遅うなって」言うて、

   それで「さいなら」言うて別れて、私はこっち戻るし、

   睦やんは帰りがけに、アレがあるんです、電信棒が。
   それに上がって線を切ったらしいんじゃ-


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  1938年昭和13年5月20日
 ◆夕方

 ・犯行を決意した都井睦雄は、周到にも集落に通じる電線を切断した。

  「どの電線を切れば、どの地域が停電するか」あらかじめ調べを付けていた。


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  1938年昭和13年5月21日
 ◆未明

 ・夜を照らすのは煌々と冴える月明かりだけ。

  村人が深い眠りに落ちるまで、都井睦雄はじっと待ち続けた。


 ・この時のために用意していたのは

  白いシャツ。そして黒の詰め襟。兵隊になることを拒絶された男の軍服だろうか。
  足にも兵隊のようにゲートルを巻き、頭には鬼の角を思わせる懐中電灯。

  殺戮の準備が整う。

  ◇都井睦雄
   村人全員、殺してやる!


  <犠牲者:1人目:自宅>
   最初の犠牲者は祖母だった。
   両親を亡くした都井睦雄にとっては親も同然。それなのに・・・  ※斧で首を刎ねる

   殺人鬼の家族が後にどんな目に遭うか。
   祖母を殺したのはそれを恐れての身勝手だった。


 ・史上類を見ない大量殺人はこうして幕を開けた。


  <犠牲者:2人目~4人目:一家3人を殺害>
   自宅を出た都井睦雄は向かいに足を向けた。
   のどかな昔の農村に、厳重な戸締まりをしている家などなかった。

   そこには日頃から都井睦雄に辛らつな言葉を浴びせてきた女性が居たという。
                                ※日本刀で殺害


  <犠牲者:5人目~8人目:一家4人を殺害>
   都井睦雄は次なる家へ踏み込んだ。
   復讐に備え、都井睦雄は射撃の腕を磨いていた。       ※猟銃で殺害する


  <犠牲者:9人目~10人目:幼なじみのA子の実家>
   そしてかつての恋人・幼なじみのA子の実家へ。「A子、出て来いッ!(怒)」
   銃声から厳重に閉ざされていた戸を激しく叩き破り、穴を開ける。

   ◇都井睦雄
    おまえだけは、おまえだけは許せんッ!(怒)
    殺してやるぅ! *カチッパアァン!* *カチッパアァン!* ※両親?を殺害

   弾切れだったのか、目指す幼なじみのA子は一瞬の隙をついて外へ逃げ出した。

   この時、外に男が居て猟銃を構えたが
   「おまえはわしに悪いことを言わなんだな。・・・ 許しちゃる。」

   狂気を爆発させながらも都井睦雄の中には“敵と味方”の分別があったという。


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 ◆凶行への経緯を『津山事件報告書』はこのようにまとめている


  「 将来ノ希望蹉跌シ
    純情ハ偏狭ノ一途ヲ辿リ
    隣人ノ敬遠ヲ怨嗟ノ的トシ
    計画ヲ決行スルニ至リタル 」


 ・自宅を含む12軒を襲い、僅か2時間足らずで30人を殺害し2人に重傷を負わせた

  難を逃れた男性が家に駆け込んで来たという。
  ◇96歳の女性
   事件を起こす直前の都井睦雄を、今もクッキリと覚えている。

   「睦やんが今暴れ回りおるんじゃけ、これから警察行ってくるけん
    自転車貸してくれ」って言うて、来なさったんじゃ。

   それで私らも目が覚めて、
   「なんで睦やんが暴れよるんじゃろか」いうような噂で起きて、
   そしたら警察が上がって来っちゅう-


 ・夜明けと共に、都井睦雄は山に逃げた。

  警官隊、消防隊など1千数百人が「山狩り」に動員されたという。

  ◇96歳の女性
   事件を起こす直前の都井睦雄を、今もクッキリと覚えている。

   警察は怖いけ、よう(山へ)上がらずにモゴモゴしよったら・・・


  凶器を手にする犯人に誰もが怯えていたという。

  けれど、*バゴォオン !! *

  ◇96歳の女性
   事件を起こす直前の都井睦雄を、今もクッキリと覚えている。

   バーンっというて、何時頃だったかな、7時なる前ぐらいだと思うたら

   「今、睦やんが死んだで」言うて。自殺したんじゃろ。*頷く*


 ・自らの心臓を撃ち抜いた都井睦雄は「遺書」を遺していた。

  「 決行するにはしたが、うつべきをうたづうたいでもよいものもうつた、
    時もはや夜明も近づいた、死にませう。 」


  世の中を震撼させた大量殺戮犯のそれが最期の言葉だった。


  ※『津山事件報告書』には殺人犯・都井睦雄の自殺後の現場写真が収録されている。
   仰向けになって倒れ、猟銃は前にあることから前屈みになって撃ち抜いたのだろう

 

  ◇82歳の女性
   事件当時、犯人・都井睦雄と同じ集落に住み、会話を交わしたこともある。

   今も昔も違いはせん。やっぱり家庭が一番の、引き金でしょうね。
   今考えてみたら気の毒な若衆だったんでな。孤独な、なぁ。

 

 

◇感想‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

┣・番組紹介サイトでは「村で長く封印されていた“血塗られた記憶”を証言する。」
  とあり、またかなりショッキングな出来事でもあるのでメモすることを躊躇ったが
  正直真実をこれまで知らないできたので、あえてブログに掲載することにします。

┣・当事件は凶悪さばかりが先行し、それに伴い「夜這いの相手をして貰えなかった」
  からなどという下世話な噂話もありますが、『結核』を理由としたものであった
  ことをどれだけの人が正しく認識しているでしょうか? そんな思いもありまして
  当ブログにも記しておきたいと考えた次第です。

matome.naver.jp

┣・相変わらず「いじめ問題」が子供も大人も無くなりませんが、度が過ぎた行為は
  このような惨劇を生むことを強く認識しなければなりません。手前勝手な行動で
  周囲に迷惑を掛けることはダメですけどね。当時集落には悪口を言わない理解者も
  確かにいたようなので、なんとか間に立ってできなかったものかと悔やまれます。

┗・これは今でも「傍観者が一番悪い」と言われる所以ですが、ほぼ傍観する立場にいた
  私などからしても、ウ~ン、やっぱり難しいね。騒動起こしてる連中ってどちらも
  何かしらの非があるからね。一度、両者の非を唱えて逆にこちらが敬遠されちゃった
  ことがあったけど。(^^ゞ 「結核」か。悲しい時代だよなぁ、ホントに。*合掌*